昭和五十六年九月二十五日 朝の御理解
御理解 第九十一節 「もとをとって道を開く者は、あられぬ行もするけれども、後 々の者は、そういう行をせんでも、みやすうおかげを受けて おる。」
容易うおかげを受けられる。又、受ける事がでけるという事はどういう事でしょうか。容易うという事は決してそのしだごだな事でおかげが受けられるという事ではないのですよね。
私は、もう、ここ三十年にも前でしょうか、その時分椛目で人が助かり出しておかげを頂いておる頃、親教会に日参をしておりました。それでその途中で、ふっと私は思うた事は子供達が何人も居りますから、とりわけ長男、まあ若先生です、をどっか厳しいところに修行にでも出させて頂こうかなと思うた事がございます。
したら神様からね、丁度あそこは今の郵便局があるちょっと手前の所でしたが、あそこで神様が、南の方へ見える耳納山をずうっと下って、耳納山のあの高良山の頂上をずうっと歩いて行く所を頂いた。どういう事だろうかと思うた。
例えば、私は耳納山を一番下から、なら、険しい所も上がって頂上へ着いたんだ、それでそういう例えば、修行はさせんでも、厳しい修行をと思うておる、そういう事をさせんでも、言うなら頂上をまともに歩いていくという事だけを教えたらよいという事を頂きまて、勿論親教会に一年修行には行きましたけれども、とりわけ厳しいお徳の高い先生の所で修行させるというような事は、まあ、いたしませんでした。
そういう事がこう容易うというのは、言うならば、下から登らんでもという事なんです。耳納山を下から登らなくてもね、険しい道を知らなくても言うなら、頂上伝いに道がある、ちゃんと。その頂上伝いを歩いていくという事を教えればよいと言う。 ところがなかなかそれが、難しいですね。こりゃ私の四人の息子が居りますが、まあ長男でありますなら、ここの言うなら、二代を継がせてもらう若先生がなかなかもってその頂上を歩くという事だけがでけませんです。もう、こんなに容易い事だと思うんですけれども、出来ないです。ですから、ここでいう、言うなら後々の者はあられぬ行もするという事は、それこそ、道なき所に道をつけていったり、もう、ここから先は登られまいと思う所にでも登る道を作ってようやく、頂上を極めたいというのがまあ、合楽の今の信心でしょうね。ですから、ここの二代を継ぐ者は、三代を継ぐ者がどういう事かというと、わざわざなら、私がしたような修行をせんてもよいけれども、容易うおかげを受けさせるとおっしゃる。
けれども、なら頂上伝いに歩く事だけくらいは真直にここの上を歩くという事が容易うおかげが受けられるという事ね。こりゃ、日々できません。こんな容易い事だとこりゃ、私、思うんですけけれどもでけません、ね。
だからこの容易うおかげが受けられるという所をです一つ皆さんも体得して頂きたいと思います。合楽理念をマスタ-する。そして合楽理念に基づく何々はもう、合楽理念を以てする他はない。それが容易う誰でもその気になれば行じられるように説いてある。ところが、人情が出る。我情が出る。我欲が出る。容易う説いてあるのだけれども、そこをよう、容易うそれ、いわば教え容易う行じきらんという事ですね。まあ、どういう事でしょうかね、軽く見ておるわけでもないでしょうけれども、まあ、昨日の御理解に引き続いて、言うなら、遊ぶとの方が忙しか。
もう、それこそ、水の中にね、着物のままつかって遊びよる。なる程覚えんごつなって遊びよるから面白い。まあ、ここでは黙って治めると言われるから無理してでも黙ってそれを見とるだけ。そんな事でよかろうか、と言うのか昨日の御理解でしかね あんまりいつまっでん、水につかっとると、それこそ風邪をひいたり、又その丁度水が大水でも入ろうかと言ったような気配の中でしたから、水でも多くなって、いや流れが急になったら、小さい子供の事ですから押し流されてしまうような事にもなりかねない。だから、むしろ、それはお守をしている人が引き上げてやったり、着物を着替えさせてやったり、まちいっとき遊ぶと言っても怒ってでもまあ、上に連れていかなきゃでけんというのが昨日の御理解でしたよね。
今日の御理解はねそういう、だんだん成長のおかげを頂いて、ね、後、親父の後を継ぐというかね、言うならば、二代を継ぐという、三代を継ぐという人達がです、親先生がお若い時にゃぁ、ああいう修行をなさったから、そういう修行でもさせてもらわんならんね、それこそ火の行、水の行と、それこそ断食の行など眠らん行やら、まあ、あられもない、言うなら行をさせて頂きましたけれども、後々の者は容易う、おかげを受けさせると、私もそれを思うとります。容易うおかげは受けられると思うとりますけれども、その容易うというをところをです、ただ、それを行じない。
容易う行じられるという事なんだ。険しい山道を登らんでもいい、もう上にはちゃんと道が出けてる。しかも頂上伝いだから、大した坂もなからなければ歩き難いところもない。その気になりぁ誰でも歩けれる事だという事ですね。
その気になりぁ誰でも歩ける事、ね。だから恐らく、なら、私が死んで二代を継がんならんというごつなったらもう容易い事だからぴしっと出けるかもしれません。
恐らく出けるでしょう。そしてなら、合楽理念を以てする他はないと誰にでも言えれるようにおかげを頂くでしょう、ね。
そこにはまあだ、親が居るからと言う甘えがある。皆さんの場合でもそうでしょうね。合楽の場合皆さんが私は皆さんが有難いという事は、いつも神様がそこにおわしますという実感が頂けれる事です。はあ。
神様がいよいよおかげを下さろうと言う時にゃ、どんなすさまじい働きでもして下さるという事を知る事が出けとられる事です。だからいよいよ私共、私共でも皆さんがですよ、いよいよ何かの時に本気になってこう行ずれば、おかげになるという事を皆さんが知っておられるけれども、それを行じる事出来ずにおるというのが皆さんの場合ではなかろうかと思うんです。
神様は絶対のものだとわかっとられるのです、ね。そこんとこやがぐず々しとるけれども、いよいよどうか何とか言う時にゃ、ここん所に一心になればおかげになる。 又おかげを下さる神様だという事を信じておられるという事だけでも有難い。
私の子供達の場合でもそう、それを信じておるに違いはない。けれどもその容易いという信心をね、言うなら、しだごだにする。だから容易いとい事は、しだごだにしてよいという事ではないのだと、ね。その努めるところはちゃんときちっと努めるという事ですけれども、その努める事が決して難しい事ではないというのです、ね。
容易い、それこそ容易うおかげが受けられるのだけれども、その容易いというところをです、お互いがまあ極端な言葉で言うとしだごだにしておるという事になります だからおかげもしだごだになるかと言うとそれはまあだ親の信心でこう支えておりますからね、押し流されもせず風邪も引かずにおかげ頂いとりますけれども、ね。これがいよいよ見るものもなからなければ、言うてくれるものもてなくなって、そしてそれがもしそういう事が続いたら、合楽のいかに合楽には、合楽理念があるからね、いよいよ教祖様がおっしゃるとおり、教祖様は決して嘘はおっしゃってない。
親の代より子の代、子の代より孫の代といよいよめでた、めでたの若松様よ枝も栄える葉も繁るというおかげが受けられる、ね。けれどもね,その容易うおかげが受けられるというその容易うというところをも行じない事になったり、努めない事になったらもう駄目です。今日は皆さんにここ容易うおかげは受けられるというところをですね、しだごだでもおかげが受けられるというふうな頂き方ではなくて、なら、教えが難しいかと、そりゃ成程我情をとるとか、我欲をとるかと言う事は、大変やはり難しいといやこげん難しい事はないのです。けれども、教えに基づいておかげ、久保山さんじゃないですけれどもね、もう七年か八年かの信心を続けておられます。毎日々今日もどうぞ成り行きを尊ばせて下さい、大切にさして下さいという、そこから何んとも言えん毎日々を実験実証していかれておる。そして五年たち六年七年たって、はじめて気がついた事はです、その一つの御教えに徹し行じていきよりましたら我情がなくなっていっておる我欲がうすうなっていっておる事に気がつくと言うておられます。確かにそうです。教えに徹したらね、もう馬鹿らしゅうなってくる、というかねいつの間にか我情がとれ、我欲がとれて成り行きそのものがいよいよ尊いものであり全てが神愛というふうに実感出けれるようになるです。
問題はね、その容易い御教えでもそれをなら、その山の頂上伝いを歩くんですからこんなに容易い事はないのです。けれどもそれを歩かんようになったらやっぱ駄目です、ね。それを歩きよると、それをもって行じさせて頂いておると、私のように強情な人間がいつの間にか角がとれて丸くなっておるという。丸くなるだけじゃない、それが喜びがいわゆる和賀心になっていっておる。いつの間にかその和賀心に向かって自分の心が進んでいっておる。
これは何十年信心しておりますから出ける事じぁない。一つの御教えをこの御教えが間違いない天地にも通う、通ずるものだというふうな御教えを一事でもよいからそれを頂き徹していくというね、生き方をさせて頂いとるとその事だけは出けるばってん他の事は出けんかと言うとそうじゃない。なら、久保山さんが言われるようにいつの間にか我情がとれ我欲がとれてきておるのに気づいて有難いと思うと言われるのです、ね。容易うおかげが受けられるという事は私はそういう事だと思うですね。
どうぞ。